■[2016-0902]冒頭に引用した、多分日本家屋の玄関回りと言ってよい空間はいくつか面白いテーマを提供してくれている。図版の中には、四つのパーツの明示がされている。[2016-0902]にも整理した「土間」と「式台」と「巾木」と「上がり框」の四つである。土間を除けば、すべて初めて耳にする用語だ。次いで、建築学的には常識の範囲なのだろうが、図を見てもその四つの空間的位置関係がすぐに把握できない。図の中央上部に向かって消失するのは廊下である(廊下の横には左右の壁が見えるので、図の中のパーツは、上記四つに壁三枚と廊下二面を合わせた9個を数えることになる)として描き直してみる。
F0903-0
ところが、引用図版を描き直したF0903-0の「廊下aの部分とbの部分」とは同一平面上につながっていると解してよかったか。引用した図があまりに簡略化しすぎているので、逆に分かりにくいが、廊下の消失点に向かって収斂する直線上を見る限り、aとbは同一平面上にありそうなので、aも廊下(の端)になることになるだろう。だがよく見れば、abは引用図版にあっては、色が異なっている。つまりbの色はaとは違い、下の「上がり框」と同一の色を持っているのである。ということは、廊下bの素材は「上がり框」と同一の素材であることを意味していよう。素材と言っても木材であることは変わりがないだろうから、色の違った(あるいは木材の種類が違った?)木材が廊下bには使用されていることになるだろう。形態上は廊下aも廊下bも同一平面上にある同じ水平面であって違わない。では、上記9個のパーツを形態的に分類するとしたらどうなるか。すべて平面であるから、違っているのは水平面か垂直面の相違だけだ。

●水平面
○土間a
○式台
○廊下a
○廊下b

●垂直面
○土間b、c、d
○巾木a
○巾木b
○上がり框
○壁a
○壁b

左右の壁には、玄関巾木のような薄い板が貼られているが、この縦長の薄い板のことは巾木とは言わないのだろうか。検索してみても、ほとんどは壁と床の境界に貼られる薄い板のことを巾木と言っているようであり、床から天井に向かって壁に貼られる縦長の薄板のことを巾木とは呼ばないようである。と言うよりは、縦長の壁に貼られる薄板自体の記載が見つからない。にもかかわらず、この板は、日本家屋において普段よく眼にしているパーツのような気がしてならぬ。本当にこの世に存在する素材だったのかという妙な思いにも駆られるが、引用図版にはきちんとそれは描画されている。色を見ると、廊下bと上がり框と同一色となっているので、素材もつながっているのかもしれない。ついでに素材別にパーツを分類してみると、次のような構成になるだろうか。土間における2色のタイルは同一の素材とする。分かり易くするために、図を別々に描いてみる。

●素材(色)1
○壁a、b、c
F0903-1
●素材(色)2
○廊下a
F0903-2
●素材(色)3
○廊下b
○上がり框
○巾木a、b
F0903-3
●素材(色)4
○式台
F0903-4
●素材(色)5
○壁上の縦長の巾木?(扉?)
F0903-5
●素材(色)6
○土間a、b、c、d
F0903-6

■土間
壁と廊下を除くなら、10個のパーツの中でもっとも馴染み深いものは、先述のように「土間」である。[2016-0901]の引用のごとく、土間は地面と地続きになっていて、土足で入るのが普通だ。したがって外の地面とも同一平面としてつながっていることになるが、一体ここは家の中なのか外なのかということを考えると、やはり妙な空間だという思いを払拭できない。今は少なくなってしまったと思われる土間空間で、昔の人は何をしていたのか。今でもたびたび思い出す松阪法田の実家の土間には、確か使用されなくなった木製の五右衛門風呂が置いてあった。そして、外と土間をつなぐ扉は回転式の扉ではなく下写真のような引き戸だった(日本家屋における引き戸は格子が嵌められていることが多い気もする)。
また土間は、ずっと外の陽光が射し込んでいるイメージが強い。引き戸が開けられているかどうかは分からないが、半分程度開いているとしても、土間の床には引き戸に嵌め込まれている格子の影が生じている。
  F0902-0c
F0902-0e
さらに、下写真のような広大な土間でなくとも、通常の玄関で靴を脱ぐ場所として今でも土間は健在のはずである。以前この場所を何と呼ぶのか思案したことがあったが、今思えば、そこは玄関中の土間と呼んでよい場所だったのだろう。
F0902-0a
■式台
この式台は、土間とは異なり、いつも視野の隅に目撃しているはずであるにもかかわらず、ほとんど印象に残らないまま、記憶からも通り過ぎていってしまうパーツである。第一こんなものが必要なのか。廊下からすぐに土間空間をつなげては不都合な理由があるのか。もう一度「式台」の定義を引用する。「式台・敷台」とは、「玄関の上がり口にある一段低くなった板敷きの部分。客を送り迎えする所。もとは武家の住宅で,玄関の次にある,客に送迎の挨拶をするための部屋」とある。要するに、客を送り迎えするための一種特別の場所であることがこの式台という場所の特質なのである。客を迎えるとき、家の人は式台の上に立っており、土間で靴を脱ぐ客を待ち受けるのだろう。逆に客を見送るときも、家人は式台の上で、土間で靴を履く客を見送るのだろう。つまり式台は完全に家の中の空間である廊下と外の地面と地続きである土間の中間の高さを持っていることが重要な要素なのである。とはいえ、「式台」と「おもてなし」をネットで調べるといくらでも検索できるので、これは常識的知識の範囲かもしれない。しかし、

外部の地面=土間→式台→廊下=内部の部屋

が階段状のフォルムを形成しているのは面白い現象と言ってよい。